【追記: 2017/ 9 /22 7:36】
 ●10日前の、あの件について
 アクセス数が日常に落ち着いたのと、赤松様からご連絡を頂いたため、
9/10 の記事に追記しておきました。要約が面倒なので、今回は許可通り、
メール本文を掲載します。 炎上を避けたくて、人払いしてました。

ただまぁ‥‥エロフリゲ製作って、大変ですね。
うにょーん。

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【本文: 2017/ 9 /18 22:34】
●進捗
 鍛錬は止めるものではなく、毎日コツコツ続けてます。
そうした積み重ねが大切かな、と。

1日に 10パラグラフずつ、文章を書いてます。
今日は 25パラグラフ進みました。
まずは 文章を仕上げてしまいます。
20170918
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 「公開」 という行為について、考えてみました。
アウトサイダー・アート では、ヘンリー・ダーガーという御方がいます。
亡くなるまで半世紀以上、誰にも知られぬまま、創作を続けていました。
誰かに見せる気がなかった。

それは極端な例ですが――創作と公開って、全く別の行為なのですよね。
創作は、公開しなくたって成立する。
ヒトの社会はいずれ終わり、波で消える砂浜に絵を描くのが創作だ。

創作は、私が見える範囲でしか、成立しないもの。
「こうすべきだ」なんて言われる筋合いは無く、
実地で培ってきた理の延長で、磨き続けるもの。
理に合わないなら、無視すれば良い。

「フリゲ制作は、何も用意せず公開すれば、フルマラソンより酷い趣味」
それは 前回記事で考えた通り、受け入れるべき事実。


けど、「壁(境)を設ければ良い」 だけかもしれません。
漫画家、小説家は、直接に反応を頂かず、編集を間に挟み、活動を維持してます。
コメント受付不可のフリゲは増えてる。

今まで多くのご意見を頂いたとき、拙作に多く取り入れられたのは
偶々、私の創作に合ってたから。 なのでしょうね。

振り返れば、メールを百件二百件と頂いてきて、
拗れるのは非常に珍しいパターンかもしれません。
ですが、その一部を前提に壁を設けるべき‥‥かな。フリゲは。
私が活動を損ねないよう、多くのご意見をくださり、本当に有難うございました。

良いゲームを創るには、アカデミーを建てられるような、一義的な手順がない。
お返しになるかは分かりませんが、遊びの技術を磨いていきます。